タイトル | : First... |
記事No | : 45 |
投稿日 | : 2008/03/23(Sun) 00:46 |
投稿者 | : Len |
ぼくは若干、ロリータコンプレックスの気があるのかもしれない。
ロリータコンプレックスとは、幼女を意味するロリータと情緒的に強く色づけされた表象の複合と定義されるコンプレックスの和製英語だ。 ロシア生まれでアメリカの作家ウラジーミル・ナボコフが、1955年にパリで出版した『ロリータ』からきてるらしい。
……もうここまででかなりアブナイ人だが、それは致し方ないというものだ。 だって、事実なのだから。 ぼくは、ロリータコンプレックス気味なのだから。 完全にロリータコンプレックスかと言うと、それもまた違うのだろう。 ぼくは若干だ。若干、ロリータコンプレックスなのだ。
それで、ぼくが情緒的に強く色づけされた表象の複合を感じる対象は誰なのかというと、校庭で元気一杯に走り回っているあの女の子だ。 クラスのみんなからは“ユキちゃん”や“ゆっきー”などと呼ばれている。名を雪路という。 今は友達と鬼ごっこをしているようだ。彼女は足が速いので、なかなか捕まえられずに鬼が困っている。 鬼役の薫くんが全力疾走するも、雪路には届かない。仕舞いには転んでしまった。 雪路は心配そうな面持ちで薫くんに寄り添い、声を掛けていた。お約束だが、そのとき雪路は薫くんにタッチされた。
卑怯な手を使われて半泣きの雪路を遠目で眺めながら、机上の書類を書き上げていく。
「んんー。娘欲しいなぁ」
「大丈夫ですか桂先生」
間髪入れず、隣席の同僚の教師に言われた。
「大丈夫だよ失礼な。ぼく程まともな人間はいないからね、うん」
「大丈夫ですか桂先生」
「そもそも、ただ娘が欲しいと言っただけじゃないか。ぼくだって娘の十人や二十人、欲しがったっていいじゃないか」
「大丈夫ですか桂先生」
なかなか失礼な同僚だった。 ぼくも大概だが。
これが、ロリータコンプレックスに対する世間一般の目か……。 ちょっとショック。
だけどプリンセス○ーカーは記録的大ヒットだったし、娘が欲しい男性は珍しくないんじゃなかろうか。 週刊誌か何かで、「未婚の父が急増中!」なんて書いてあったこともあるしなぁ。
「そこんとこどう思う?」
「MSXなんて持ってないです」
「あの名作を買ってないだなんて!」
「そろそろ休み時間も終了しますし、妄想に耽ってないで次の授業の準備でもしたらどうですか」
「んんー、次の算数は保健体育に変更しようか」
「黙れペド野郎」
「…………。」
同僚のぼくを見る目は、汚物か何かを眺める視線だった。 てゆーか、ペドって言うな。
「冗談は置いといて。そろそろ教室に行くかな」
「冗談だったんですか。てっきり本気だったのかと」
「ん? え、あ。うんまあ」
「曖昧な返事……」
何をそんなに心配しているのか、同僚はぼくを犯罪者予備軍とでも思っているのだろうか。
「予備軍ではなく本軍なのでは」
「んんっ? ぼく、声に出してたかな?」
「桂先生の考えていることは大体分かります」
てっきり、読心術か何かを会得しているのかと。
「ぉお。なかなか分析されているね、ぼくも。キミがそんなにぼくを見ているとは知らなかったよ」
「……別に、ずっと見ているわけではありません。寝言は睡眠時に、譫言は発熱時にお願いします」
「んんー。ちょっと熱があるみたいだから、看病してくれないかな?」
「保健室へ行って下さい」
「…………。」
本当、素っ気無いなぁ。 それにしても、この『素っ気無い』というのは、なかなかどうしてセンスに欠ける。何か他にないのものか。 冷たいという意味でのコールドを使ったらどうか。いや――クール、の方が良いかもしれない。
この同僚のような性格のことを、『クールキャラクター』と呼ぶ。 ――すげぇ。大ヒットだよ。十五年後くらいに絶対流行るよ。
クールキャラクター。クールっ娘。クールちゃん。 うんうん。いいねいいね、素晴らしいね。
「何かとても、失礼なことを考えているようですが……」
「キミはクールだなぁ」
「格好良い、という意味ですか」
「……天然なのかもしれない」
「意味が分かりません。そろそろ授業開始五分前のチャイムが鳴ります、さっさと教室へ向かわれたらどうですかペド野郎」
「クールなんかじゃなくて、ただ口が悪いだけなのかもしれない……」
「事実を口にしたまでです。『ペド野郎』という俗称について、何か異論があるなら別ですが」
「せめて略さずにペドフィリアと呼んでくれないか」
「却下します」
「キミはクールだなぁ」
「褒め言葉として受け取っておきます」
同僚は席を立つと、名簿とチョーク入れと国語の教科書を持って職員室の出口へ向かう。
「桂先生。次の職員会議で、『生徒に手を出す教師への対策と処罰』を提案してみたいと思います」
「御免なさい済みませんもうしませんから許して下さい」
「…………。」
同僚は胡散臭そうな顔をして、ぼくの席に戻ってきた。
「最近、保護者の方から苦情が増えています。冗談ばかり言ってないで――聖職者なんですから、きちんとして下さい」
「ん――はい。分かりました」
ぼくの素直な返事に満足したのか、肩を竦めて出口へ向かう同僚。
「さて、ぼくも教室へ行くかね。えーっと、保健体育の教科書は――」
「次の授業は算数ですよペド野郎」
「冗句だよ。んんー、キミは欲しいところに欲しい突っ込みをくれるねぇ」
「人を芸人みたいに言わないで下さい」
ぼくは、名簿とチョーク入れと算数の教科書を持って立ち上がる。 同じ学年を担当しているので、同僚と途中まで一緒に行く。
「しかし、あれだね。職員室から教室がこれ程まで遠いというのは、改善すべき問題だよねぇ」
「そうでしょうか。そんな運動不足の中年男性みたいなことを言わないで下さい」
「いやいや。子供達のことを考えてだね」
「今さっき『職員室から』と言いましたよね。それは教師の立場からの要望であり、生徒達のことを配慮していたとは考えにくいです」
「鋭いねぇ、キミは」
小学校は体育の授業も担任が受け持つので、別に運動不足というわけでもないが――やはり疲れるものは疲れる。
「ところで、今日の給食はちょっと物足りなかったよねぇ」
「そうでしたか? わかめ和えご飯、和風ハンバーグ、ホウレン草のお浸し。味にも問題はありませんでしたし、栄養面も生徒達の健康を考慮されていました」
「三品じゃ喰い足りないって駄々を捏ねる、腹っぺらしがいるんだよ、ぼくの組には」
「食べ盛りですし、それはそれで健康ということでしょう。それでも足りない場合は、おかわりをさせれば宜しいのでは?」
「ハンバーグは人数分しかないし、ご飯は均等に分けた。ホウレン草のお浸しはいっぱい余ってたんだけど、それだけじゃねぇ」
「……それで?」
「ふと思ったんだけど――チョークって、」
「食べられませんよペド野郎。生徒に炭酸カルシウムを食べさせようとしないで下さい」
「鋭いねぇ、キミは」
「再教育センターへ行ったらどうですか」
かなり酷い扱いだった。同僚のぼくを見る目は、産廃か何かを見る視線だった。 そうこうしてるうちに、教室へ着いた。
「さて、お互い教務を真っ当しますかね」
「次の授業は算数ですよ桂先生」
「釘を刺さなくても分かっているさ。そんなに信用無いかな、ぼくは」
「無いですね」
即答一閃。紫電の如く、ぼくの質問を一刀両断した同僚。
「では、そろそろチャイムが鳴ってしまうので」
「キミはクールだなぁ」
「褒め言葉として受け取っておきます」
すたすたと足早に、自分のクラスへ行ってしまう同僚。 基本的には、良い奴だと思いたい。人当たりも良いらしいし、子供達からの人気も高い方だ。ぼくにだけクールなのだが。 なんでぼくにだけなのか。何か怨みでもあるのか。あれか、ぼくがロリータコンプレックス気味だからか。 ロリータコンプレックスに対する世間の目は冷たい。まさに、クール――いや、コールドなのだった。
ぼくは教室のドアに挟んである黒板消しトラップを解除して、教室へ入る。
「ちぇー。また引っ掛かんなかったかー」
「かつらせんせい、ボケてるから引っ掛かると思ったのにー」
「んんー。なかなか巧く仕掛けられていたね。今度はもっと工夫してみなさい」
「「「はーいっ!」」」
明日はもっと注意深く、教室に入らねばならないと思った。
ぼくが算数の授業を進めていると、矢庭にきゅるるるる〜という音が聞こえた。 一斉に大爆笑が起こり、その音源の少女は顔を真っ赤にしていた。
「だっ、だって給食少なかったんだもんっ!」
「オレのわかめご飯半分喰ったクセに……」
音源は雪路、雪路にタカられたのは薫くんだった。
「かつらせんせー! 何か食べ物持ってないのー?」
「よし。じゃあこのチョークをあげよう」
ぼくは白いチョークを差し出す。
「えぇー! チョークって、食べ物じゃないよ!」
「んんー、知らなかったのかい? チョークは食べられるんだよ」
どよどよと教室に衝撃が奔る。中でも雪路の驚きっぷりは半端無かった。
「キミのようにお腹を空かせた子供が、間違って食べたら危ないだろう? だから、口に入っても大丈夫なように食べられるのさ」
「そ、そうなんだー! ねぇねぇ、チョークって美味しいの!?」
「もちろん。白色はバニラ味、赤色はいちご味、黄色はチーズ味になってるよ。レアな青色もあるんだけど、先生は持ってないんだ」
「あおいろは何味なの!?」
「青はぶどう味だね。作っていく手順の中で、ぶどうの紫が青に変わっちゃったんだ」
「わぁ……せんせい、三個ともちょーだい!」
きらきらと目を輝かせて、まんまと騙されている雪路。というか、雪路だけしか騙されていない。
「キョウくん! キョウくんも食べたい?」
薫京ノ介は、雪路から『キョウくん』と呼ばれている。呼ばれる度に仄かに赤面している薫くんは、まだまだ青いなぁ。
「雪路……お前、そろそろ気付けよ」
「? 何が?」
「さぁ。じゃあこの問題が解けたら、チョークをあげるよ。しっかり考えてみよう」
「もう解けました!」
「……そのやる気を、いつも見せて欲しいものだね……」
雪路のノートを見る……答えは合っていた。 ……どうしようかなぁ。
「薫くん。どうしたらいいと思う?」
こそこそと薫くんに耳打ちする。
「どうもこうも、先生の嘘が原因じゃないですか」
「それはそうなんだけど、まさか雪路にこの問題が解けるとはねぇ」
「それはオレのをカンニングしただけですから、それを言えばなんとか言い逃れ出来るんじゃないですか?」
「ぉお。ナイスアイディアだ薫くん」
びしっ、と軽快にサムズアップして、薫くんから離れる。
「かつらせんせい、早くチョークちょうだい!」
「薫くんから聞いたよ。キミ、薫くんの答えを見たそうじゃないか。ダメだよそんなことしちゃあ」
「ちっ……。キョウくん、なんで言っちゃうのさ」
「お前が腹壊すよりはマシだと思ってな」
「あたしがお腹壊す? なんで?」
「チョークは食べ物じゃないぞ。そんなことも知らないのか」
「えー? だってかつらせんせいが言ってたよ、子供が食べたら危ないから食べられるようになってるんだって」
「んんー。それ、嘘なんだなぁ」
もう面倒だ。雪路が何かの間違いで教師になった時、生徒に同じ嘘をつくといけないから、そろそろネタばらししよう。
「なっ……!? せっ、せんせーのバカぁ!! またせんせーが嘘ついた! ウソツキはドロボウの始まりなんだよっ!」
ノートやら鉛筆やらを投げてくる雪路。その様子を見て、クラスメートは腹を抱えて笑っている。笑いすぎてお腹を壊すかもしれないな。
「さて、この問題の解き方は」
「そしてなんにもなかったみたいに授業に戻んないでよバカ!」
「次の問題は薫くんにやってもらおうかな」
「答えは1/3です」
「せんせいもキョウくんもひどいよ! ばーかばーか!」
「バカバカ言うなバカ」
「バカじゃないもんバカって言った方がバカだもん!」
「最初に言ったのお前じゃん……はぁ」
呆れた様子の薫くんは、ポケットからチロルチョコを取り出した。
「これで我慢しろバカ」
「え……く、くれるの? わーい! 有り難う、キョウくんっ!」
「……お前の腹の虫がうるさいから、勉強に集中出来ないんだよ」
はしゃぐ雪路と、赤面する薫くん。若いっていいよなぁ。
「薫くん、学校にそんなもの持ってきちゃダメだよ」
「いつの間にかポケットに入ってたんです。誰かが近づいた時に、入れられたのかもしれませんね」
「ふーん。それなら、見逃してあげようかな」
薫くんが怜悧な子で良かった。これでようやく授業がちゃんと進む――と、安堵した矢先。 キーン コーン カーン コーン、なんていう間の抜けたチャイムが、五時間目終了を報せた。 おいおい……。チョークの話で随分時間を喰っちゃったなぁ。
「しょうがない……算数はこれまで。みんな、ちゃんと予習してくるんだよ?」
「「「はーいっ!」」」
ドアを開けたところで、同僚の先生がいた。 肩に明らかな黒板消しの跡が付いて、って……おいおい、小学生にハメられるなよ。
「…………何か」
「チョークって美味しいよね」
「黙れペド野郎」
すげぇキツい目で見られた。仕方ないので、ちょっと好感度を上げておこう。
「ちょっと待ってて」
「はい?」
内ポケットからハンカチを出すと、水道で軽く濡らした。ちゃんと絞って、同僚の肩を拭いてあげる。
「なっ……!? か、構わないで下さい! 自分でやりますからっ」
「んんー。はい、完了。ちゃんとキレイになった」
「あ……」
こんな狼狽した同僚は始めて見たかもしれない。 おろおろして落ち着かない同僚だが、顔を背けながら「有り難う御座いました……」とお礼を言ってくれた。
そんなこんなで、帰りのホームルーム終了後、職員室の自分の机で帰り支度をしていると。
「かつらせんせー。いっしょに帰ろうよー」
と、職員室に雪路がやってきた。
「や、やぁ雪路」
「…………。」
同僚の視線が痛過ぎた。なのに、雪路が迎えに来てくれて舞い上がらんばかりに喜んでいる自分がいる。
「どうして急に、ぼくと一緒に帰ろうと思ったんだい?」
「キョウくんが、そんなに腹減ってるなら先生に美味しいものご馳走してもらえって! ママがご飯作ってくれるし、お腹一杯になっちゃダメだから、アイスがいいなー」
薫くん……。薫くんには借りがあるし、仕方ない……か?
「では、私はお先に失礼しますねペド野郎」
「ぁあ! せっかく上げた好感度が秒単位で暴落していく!」
「…………フケツ」
ぷい、と顔を背けて、同僚は帰ってしまった。 雪路と一緒に帰れるのは喜ばしいんだけど……なんか、素直に喜べない。
というか、職員室だと他の教員達の視線も痛い。さっさと支度して、この場を後にしよう。
「じゃあ、ぼくも失礼します。さようならー」
「せんせーさよーなら!」
逃避もいいとこだったが、まぁ、致し方ないよね。
帰り道、ぼくらは並んで――こうしてると、やっぱり父子に見えるんだろう――今日あったことを話している。 中でもチョークのことはまだ怒ってたが、アイスを奢ってあげたら機嫌はすぐに直ったのだった。現金なヤツめ。
「「さいしょはグー! じゃんけん――ポンっ!」」
で、今は何をしているかというと。 じゃんけんで負けた方が荷物持ち、という幼稚なゲームに巻き込まれてしまった。 そりゃ、ぼくのバッグを持たせるワケにもいかないし、かといってランドセルを持つのもイヤなので、じゃんけんに勝利しゲームをチャラにするという作戦に出た。
ぼく、グー。 雪路、パー。
「やーいやーい負けてやんのー! はい、せんせいヨロシクねーっ」
「なんでお前のランドセルには習字道具はおろか、置き傘やら手提げ袋やら体育着やらがぶら下がってるんだ!」
まさかこれを狙ってぼくを誘ったのか! ちくしょう小学生にハメられたっ!
「せんせいよわーい! ダサーい!」
「黙れロリータ! クソ、まさか負けるとは!」
「いつもはキョウくんに持ってもらってるんだけどね、今日はキョウくん、クラブなんだって」
「薫くん……」
同情を禁じえなかった。彼も、苦労人なんだな。惚れた腫れたってヤツか。
「せんせい、あたしのランドセル、重い?」
雪路がバカにしたような上目遣いで訊いてくる。
「重い。重過ぎて肩が外れる」
「おんぶして?」
「人の話を聞け!」
ハチミツを垂らしたような金色の夕焼けに、真っ黒なカラスが羽撃いている。 踏み切りのカンカンカンという電子音が閑静な住宅街に鳴り響き、ぼくらの会話をかき消す。
ぼくは今、“親子”というものを体感している気がする。 夕方、仲良く手を繋ぎ一緒に家へ帰る親子。親も子も幸せそうな笑顔で、鼻歌でも歌いながら歩く。
そんな姿を、夢想した。 有り得ないのに、ぼくと雪路は親子じゃないのに、そんな姿を、夢想した。
「……雪路」
「ん? なぁに、せんせい」
「お母さんとお父さん、好きか?」
「――うんっ。大好きっ!」
「……そうか。よかったな」
やっぱり、ぼくは要らないよなぁ。こんな幸せそうな顔した雪路と、その両親の間になんて、入っていける筈がない。
「? せんせい、なんかヘン」
「そんなことないさ」
「せんせい、寂しそう」
「そんなこと――ない、さ」
……帰ったら、プリンセス○ーカーでもやろう。娘を、立派なプリンセスに育てよう。 そんな莫迦なことを考えていると、左手に――右手は自分のバッグとランドセルで一杯だ――むず痒いような、そんな感触が走った。
「んんー、何してるのかな、雪路?」
「手、つなご?」
「――――。」
握り締めていた拳を、小さい手で懸命にこじ開けようとしている雪路。 そんな雪路を見て……ちょっと、涙ぐんだ。 左手を緩めて、雪路の手を握る――本当に、小さな手だ。
「えへへ〜。なんだか、おやこみたいだねっ」
「……そうだな」
初めて、“娘”と手を繋いだ。
嬉しかった。幸せだった。楽しそうにはしゃぐ雪路を見て、本当の親子じゃなくても、この幸福な一時があればいいと、そう思えた。 雪路の手は華奢で繊細で、ほんのり温かかった。 この温もりを、ずっと、忘れないでおこう。
「せんせいの手、おっきいね」
「雪路の手は、小さいな」
「ゴツゴツしてて硬いけど……なんだか、安心する」
「そうか――雪路の手は、柔らかくて儚くて……護りたくなる」
「せんせい、あたしのこと護ってくれるの?」
「そうだな。お前がピンチの時は、護ってあげよう」
「うんっ。約束だよ?」
「ああ……約束だ」
ほんのりと温かい手。この温かい手を、護りたい。 哀しませないために、幸せになってほしいがために。 ぼくの手が皺くちゃになって、よぼよぼになって、握力が弱っても――護ってゆきたい。
初めて交わした両手。 初めて交わした約束。
それが、ぼくと雪路を結んだもの。
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