この物語には、畑健二郎先生の前作「海の勇者ライフセイバーズ」とデビュー作「神様にRocket Punch!!」のキャラが登場します。 しかし前作を読んでいなくてもなんの問題もありません。
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夏休み。それは学生たちにとって思う存分に羽を伸ばせる貴重なお休みである。学業や学校行事、クラスメートたちとの人間関係と いった様々な煩わしさから解き放たれる1ヶ月余の期間。遊びに旅行に買い物にお喋りにと、若さみなぎるエネルギッシュな夏の日々が 少年少女たちを待ち受けている。夏の自由を満喫する子供たちの笑顔が、なんと輝いて見えることよ! ……と言うのは、あくまでステレオグラム的な学生群像の1つに過ぎない。 「ハヤテ、今日はこのゲームをやるからな」 「またですか、お嬢さま……毎日毎日テレビゲームばかりしてないで、たまには外に遊びに行っても……」 「何を言う、毎日増え続けるアニメとネトゲを消化するので私は忙しいんだ。ちょっとした息抜きに付き合ってくれたっていいじゃないか」 「はぁ……息抜き、ですか……」 日頃から不登校の常連であり出歩くこと自体に強烈なトラウマを持つ引きこもりお嬢さまにとっては、夏休みといえども単なる ダラダラしたHIKIKOMORIライフの連続に過ぎない。17歳の美人メイドと16歳の借金執事は少女の頑固さにほとほと手を焼いていたが、 だからといって主人の傍を離れるわけにも行かなかった。練馬区の大半を占める広いお屋敷の中で、陽が昇ってから沈むまで、 掃除と洗濯と食事とゲームとを機械的にこなしていくだけの日々。1ヶ月以上にも渡って繰り返される夏の日の無駄遣い。 代わり映えのない日々の連続は時間の進み具合を忘れさせる。いつからこういうルーチンワークを続けているのか、いつになれば 終わるのか実感として分からなくなってくる。このまま夏休みが終わらなければいいのに、と言う主人の暴言も借金執事たちの徒労感に 拍車を掛けた。もう何万回も同じ生活を続けているような、いつまで経っても8月の終わりが来ないような……三千院家の3人は、 そんなエンドレスエイトの中にいた。
そんな輪廻の日々に割り込んできたのは、少年たちの“親友”を自称する某神社の娘からの電話だった。電話の応対を済ませて 戻ってくるハヤテに、ナギはマンガを読む手を止めないまま声を掛けた。 「ハヤテ、誰からの電話だった?」 「朝風さんからです。動画研の夏合宿をやるから、一緒に海に行かないかって」 「……当然、断ったんだよな?」 「いえ、お受けしてきました。お嬢さまとマリアさんも一緒でいいって言ってくれたので」 「なんだって?!」 引きこもりクイーンは金切り声を上げた。なに勝手な約束をしているんだ、お前は髪の毛1本まで私のものなんだぞ……ソファから 跳ね起きて吐き出そうとした言葉が、無邪気なハヤテの笑顔を目の当たりにして喉の奥で止まる。主人を裏切った後ろめたさなど 微塵もない、むしろ主人に良かれと思って海水浴の約束をしてきた……ハヤテの瞳はそう物語っていたから。 「朝風さんの話だと、瀬川さんや花菱さんも、桂先生とヒナギクさんも、部長のワタル君とサキさんも、それに西沢さんまで一緒に 来るって話でしたよ? 僕と一緒に海に行きましょう、お嬢さま」 「な……なんだそのメンバーは! なんで関係ないヒナギクやハムスターまで呼んでるんだ?!」 「なんでも、夏休みの宿題の見せ合いっこをするんですって。お嬢さまは宿題なんて楽勝でしょうけど、朝風さんたちやワタル君に とっては死活問題ですからね。僕もすごく助かるなぁって、話を聞いて思ったんですよ」 「ま、待てぇっ!! 勝手に決めるんじゃない!」 三千院ナギは憤怒の表情を浮かべながら、人差し指を伸ばしてハヤテの顔面に突きつけた。 「お前の主人は私だぞ! そういうときはまず私の意見を伺うもんだろ! 夏の予定を勝手に決めるのは、重大なルール違反だぞ!」 ビシビシと指先をハヤテの胸に突き刺した三千院ナギは、憤懣やるかたないという感じで頬を膨らませた。ハヤテが自分本位な理由で 海行きを決めたのでないことは目を見れば分かる。恩着せがましい空気を出さないよう、わざと脳天気なお調子者を演じてるんだ。 だが素直に礼を言うなんてプライドが許さない……ナギは精一杯の怒気を込めてハヤテの顔をしばし睨み付けた後、肺に溜めた空気を 一気に吐き出した。 「私も行くからな!」
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そして翌日。ナギたちの去った三千院家に、大空から珍客が訪れた。 「ういぃ〜、地球に降りるの久しぶり。ナギは元気でいるかな〜」 小さな体と大きな瞳、そして側頭部から生えた大きな2つの膨らみと黒い翼。その珍客は翼をはためかせて減速しながら三千院家の 庭へと降り立った。宇宙船から飛び降りてきた客人の名はマヤ、5ヶ月前の下田温泉郷でナギと一緒にUFO探しをした宇宙人である。 「この星の原生知的生命体に見つかるの、本当はいけないんだけど……ナギだったらもう知り合いだから平気だし」 きょろきょろと周囲を見渡したマヤの視界に、白く巨大な動物が映った。警備用の番犬、いや番猫だろうか。どっちにしろ 知的生命体じゃないし……とスルーし掛けた宇宙人に対し、アフリカ産のホワイトタイガー猫・タマが野太い声で話しかける。 「なんだ、てめぇ」 「ひゃっ!! あれ、なんで? なんで猫がしゃべってる?」 「しゃべったら悪いかよ。こちとらナギのお嬢の一番弟子だ、シカトしやがったら容赦しねぇぜ」 「うい、やっぱりここナギの家? マヤ、ナギに会いに来た」 「なんだ、お嬢の客人かよ」 タマは警戒を解いて庭に寝そべった。なんか変な動物に見つかっちゃった、長居は無用……そう考えたマヤは一度立ち去ろうと するものの、行く当てのないことに気づいてタマの元に駆け戻ってきた。 「ねぇ、ナギどこ? ナギの居場所、知ってる?」 「残念だったな。お嬢だったら今朝から旅行に行っちまったよ。当分帰ってこないんじゃねーか」 「え?! そ、それ困る、ナギどこに行った? どこに行ったら会える?」 「知らねーよ。今朝早くに3人で自家用ヘリに乗ってさっさと行っちまったからな。行き先も言わずに」 「そんな……」 「泣きたいのはオレのほうさ。いきなり1匹ぽっちで残されたオレっちの身になってみろっての、全く」 三千院家の留守番役として残っている老執事長の存在は、気持ちよく無視されていた。
「あっ……!」 海水浴場へと向かう自家用ヘリの中で、三千院家メイド・マリアは小さな叫び声を漏らした。沈着冷静で通っている彼女にしては 珍しいこと。 「どうかしましたか、マリアさん」 「いえ、出発してから言うのも何ですけど……そういえば今日はお盆で、亡くなった紫子さんが帰ってくる日じゃ……」 「いいんだよ。私が行くって言ったんだ」 そんなことは承知してるとばかりに短く言葉を返すナギ。あなたがそういうなら、とマリアは表情を和らげた。だがハヤテの方は、 そう単純に流すわけにも行かなかった。 「え、そうだったんですか? すみませんお嬢さま、そんな大事な日だって分かってたら、海なんて別の日にしてもらいましたのに」 「いいんだよ、気にするな。それに母は賑やかなのが好きな人だったしな、このくらい大目に見てくれるだろ」
ナギと行き違いになったことを悟ったマヤは、さっそく宇宙船でナギの後を追おうとしたが……地球の裏側に行くことは容易でも、 人間1人を追いかけるのは宇宙船では無理だと分かって愕然とした。なんとか手がかりを得たいが地球の知的生命体と触れ合う わけにはいかない……マヤは悩んだ末に、ナギの行き先を知ってそうな人間以外の存在に助けを求めることにした。 「はぁ〜い、呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ〜ン!!」 「うい、ネタ古すぎ……」 呼び出されて早々にツッコミを入れられ頬を膨らませたのは、通称カバー下の女神、オルムズト・ナジャである。 「なんて失礼な! 有名人の私は忙しいんですよ、なんたって単行本やDVD版にフル出場ですからね! 12巻にしか出番のない 貴女とは違うんです!」 「そういう台詞はアニメのオープニングに出るくらいの活躍してから言って欲しい、うい」 「きぃーっ、よくも気にしてることを!」 愉快だが不毛なやりとりの後。異邦からの客人の願いを聞いたタートルネックの女神は、子供を諭すようにちっちっちっと指先を 左右に振った。 「お気の毒ですね、出来ません」 「うい、なんで? 初めてのSS登場なんだから気前いいとこ見せて欲しい、女神なんでしょ」 「私に出来るのは、50年分の寿命と引き替えにロケットパンチを授けることです。人捜しは専門じゃありません」 「……なんだ、使えねーやつ……」 「なんですって? ふ〜んだ、バカって言う方がバカなんだもん、バ〜カ!」 マイナーキャラ同士の不毛な喧嘩が、再び始まった。
さて、こうして夏の海へとやってきて友人たちと合流したナギ一行であったが。 「うわぁ〜、すっごく海が綺麗ですよ、お嬢さま」 「私のノートパソコンのクリアブラック液晶も綺麗だからいい」 「……ね、ねぇお嬢さま、ハウスの外に行きませんか? 青空の下ならテンションも上がりますって」 「暑いじゃん」 ……まぁ予想通りというか何というか。三千院ナギは水着に着替えはしたものの、一向に海へは入ろうとせずノートパソコンに かじりついたままだった。彼女にしてみれば引きこもりを返上してここまで来ただけでも大変な譲歩なのだ。なんでわざわざ、 泳げない自分が海なんかに入らなきゃならないのか。 「でも……」 「おーい、ナギちゃ〜ん、ハヤ太く〜ん。一緒に遊ぼ〜ぅよぉ〜」 青空の下のビーチから2人を呼ぶ瀬川泉の声が聞こえる。浜辺では泉たち3人衆に加えて桂姉妹、西沢歩、ワタルつながりで 誘われた咲夜と伊澄までが楽しそうに水遊びをしていた。彼女ら以外の一般客は入ってこない、お金持ち専用の貸し切りビーチである。 少女たちが太陽の下で元気に駆け回って色とりどりの水着が躍動する様子は……ちょうどTVアニメ 2nd Seasonの第2期オープニング 映像を見ているかのよう。 「私に遠慮なんかしなくて良いんだぞ、ハヤテ。たまには羽を伸ばしてこい」 「え、いえでも、僕はお嬢さまの執事ですし……」 「誰も襲ってなんか来やしないよ。海に来てストレス溜めさせるのも悪いしな。さ、行った行った」
ナギたちは海にいるらしいと聞いて、オルムズト・ナジャを背中に乗せたマヤは翼をはためかせて夏の海へと向かっていた。 ナジャに言わせると、ナギたちがどこで何をやっているかは勘で把握できるが地理的にどこかという問いには答えられないそうだ。 携帯電話で話すとき雰囲気は察知できても場所なんて意識しないでしょ、と彼女は無い胸を張るのだが、そんな曖昧な情報では 宇宙船の航路を設定できない。 「う〜ん、もうちょい右の方かなぁ……」 「うい……さっきから行ったり来たりしてない?」 宇宙人の背中に乗って飛ぶという珍しい体験をできたナジャは喜色満面。少し飛ぶごとに勘を働かせて進路を指示してくるのだが、 右往左往した挙句に元のお屋敷に戻ってくることも珍しくなかった。マヤとしては不安でならない。 「気のせい気のせい、って……あっ、ちょっとタンマ!」 方向音痴に加えてもうひとつ。オルムズト・ナジャは飛んでる途中で見かけたトラブルに首を突っ込むのが大好きな、好奇心旺盛な 女神様だった。地球人に見つかるわけに行かないマヤは、仕方なくナジャを降ろしてから用事が終わるまで上空を飛びながら待つことに なる。そんな宇宙人の気苦労も知らず、バスジャック犯を見つけたナジャは元気いっぱいでバスに乗り込むのだった。 「お待ちなさーい、そこの悪い人! いますぐ投降するのです、でないと正義の鉄拳をお見舞いしますよ!」 「鉄拳だぁ? なに訳のわかんないこと言ってんだ、お前さんが相手になるってのか、お嬢ちゃん?」 「とんでもない。正義の鉄拳をふるうのは……そこのヤクザさんです! ほら、どうぞ♪」 「はぁ? なんでオレが……って、なんだよこの腕、光ったと思ったら金属の腕になっちまいやがった!」 「なんだ柏木、格好いいじゃねぇか」 「でしょでしょ? それが私の授けた、正義の味方専用のロケットパンチです。寿命50年と引き替えにね♪」 「ご、50年って! そんなに取られたらオレの老後真っ暗じゃねーか! 返せよ、オレの寿命!」 「大丈夫ですよ、大相撲の秋場所は見られますから」 「あと1ヶ月しか保証できねーのかよ! ロケットパンチなんか要らねーって、戻せ戻せ」 「う〜ん、でも取り消すには追加で50年の寿命が……あ、そうだ、あなたの寿命はもう余分ないけど、バスジャックさんとヤクザの お仲間さんから代わりに頂いてもいいですよ。お2人から25年ずつ分割払いってことで」 「柏木、俺はお前のこと忘れないぜ。思う存分に正義を貫いてくれ。後のことは引き受けた」 「投降します、投降します! 寿命を25年も削られるくらいなら、刑務所に入った方がマシですぅ!」 「畜生、みんなして俺を見捨てる気かよ! バスジャックを解決する振りしてオレたちの仲間割れを誘うとは、鬼、悪魔!」 「な、なんて失礼な! 女神の私に向かって!」
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「さぁ、いよいよ対決の時……おだやかな海はまさにライフセービング日和……」 遠くの一般向けビーチから聞こえてくるスピーカーの音に、三千院ナギはぼんやりと頭を上げた。ビーチを囲む人だかりの中央には 海に向けて人間を撃ち出す大砲と、その筒の中で瞳を輝かせる少女の姿。そして海に向かって駆け出す姿勢を取る2人の男性が喧嘩 しながらも少女の行方を見守っていた。おそらく海へと打ち出される少女のことを、どちらの男性が先に助けるかで勝負しようという 趣向なのだろう。 「打ち出されますのは瀬戸美海、助けられ歴10年のベテランかなづち少女であります。これを助けるべく雌雄を決するは、かたや 霊長類最速のスイマー南野宗谷、そして霊長類最強のライフセイバー戦部大和……」 《……ふぅん、あいつ泳げないのか。泳げない女の子を救助するため身体を張る男2人……燃えるな》 ナギの脳裏で何かが光った。これなら泳げない自分でもハヤテと海の思い出を作れる。三千院ナギはそっと椅子から立ち上がり ビーチへと向かった。
「ふぅ、疲れたぁ……」 オルムズト・ナジャにあちこち振り回されたマヤは、気がつくと海水浴とはまるで無縁そうな山奥の山裾へと行き着いていた。 まるで山の中に秘密基地でもありそうな、こんもりと盛り上がった小山のふもとで翼を休める。ちなみに足手まといの女神様は とっくに街中に置き去りにしてある。 「うい、これからどうしよう……」 「どうかなさいましたか?」 途方に暮れるマヤに誰何の声が掛かる。人間に見つかった、と思ったマヤは反射的に隠れようとしたが、やがて相手が人間でない ことに気づいて安堵の溜息をついた。端正な執事服に身を包んだマヤの救い主はメカ執事13号である。 「ナギお嬢さまの居場所ですか……」 「うい、知ってるの?」 「いえ、ナギお嬢さまのは存じませんが、マリアさまの居場所なら分かります。おそらく同じところにいらっしゃるでしょう」 「そ、それは助かるけど……どうして?」 「私のマスターは、マリアさまの居場所探知機能といじりまわし機能だけは、製作した全てのロボットにデフォルトで組み込む方でして」 「……なんか、嫌な感じのマスターだね……」 やがてメカ執事13号は、マリアのいる海岸の座標をマヤに伝えた。座標さえ分かれば宇宙船で一気に飛んでいける。 マヤは何度も繰り返しお礼を言うと、上空で待機している宇宙船に向かって急上昇をしたのだった。
さて、貸し切りビーチの方であるが……大砲から射出されて宙を舞って海に飛び込みたいというナギの希望に対し、当然ながら 友人一同は必死で引き留めた。制止役の筆頭は桂ヒナギク生徒会長である。 「なに考えてんのよ、ナギ! どれだけわがまま言ったら気が済むの? 虚弱体質のあなたに事故でもあったらどうするの!」 「うるさいヒナギク、胸板の装甲は似たようなもんじゃないか、偉そうに言うな」 「胸板の……って、なぁんですってぇ!」 「ま、まぁ、ヒナちゃん抑えて抑えて……」 またマリアやハヤテも制止役に回る。ひとつ間違えれば命がないのだ。ナギ自身はハヤテが助けてくれると微塵も疑ってないようだが、 そんな面で信頼を寄せられても困る。海に落ちる時点で首を折ったりしたら元も子もないのだから。 「危ないからお止めなさい、ナギ」 「そうですよ! いくら僕でも、海面に落ちてくる前にノーバウンドキャッチする自信なんて無いですし」 「うるさいうるさいうるさい! なんで邪魔ばっかりするんだ! ハヤテに守って欲しいって望むのがそんなに贅沢か?!」 少女の金切り声に貸し切りビーチはシーンとなった。手段はともかく気持ちはよく分かる、そんな少女がこのビーチにはたくさん いるのだ。そして全員がしばし黙った後……大砲を使うなどという発想がそもそも無い普通少女が、彼女らしい妥協案を持ち出した。 「あ、あのさナギちゃん、こうしたらどうかな。これならナギちゃんも危なくないし、ハヤテ君もちゃんとキャッチできると思うんだけど」
「やっと着いたぁ〜」 ビーチ上空にやってきたマヤは待ちきれぬように宇宙船から飛び降りた。ナギはどこかなと瞳を巡らした先に、海辺で同年代の 女の子たちに囲まれている金髪少女の姿が入る。だがそれを見てマヤの胸は凍り付いた。 「うい、大変、ナギが苛められてる!」 ようやく見つけた愛しい少女は、少女たちの半分に両腕を、残り半分に両足を抱えられてブランコのように振り回されている。 それどころか大きく振り上げて空中に放り出されてしまう。危ない!……マヤは思わず目を閉じた。 「ハヤ太君、ナイスキャッチィ!」 「ふぅっ」 ところがビーチから聞こえてくるのは悲鳴ではなく、楽しそうな嬌声だった。恐る恐る目を開けたマヤが見たのは、たくましい 少年の腕にお姫様だっこされている三千院ナギと、2番目の少女を空中に放り出そうとする少女たちの動きだった。どうやら 苛めているのではなく、みんなして少女を海に放り投げる遊びのようである。 「……良かった、ナギ、みんなと仲良く遊んでる……」 マヤは物陰からナギたちの遊ぶ様子をじっと見ていた。そしてそのまま少女に声を掛けることなく、宙を飛んで宇宙船へと 帰っていったのだった。
「……えっ?」 ナギたちの遊ぶさまを微笑みながら見守っていたマリアが、はっと背後を振り返る。そこには誰もいない、ただの防砂林が 広がっていた。マリアと一緒にナギたちの様子を眺めていた咲夜がいぶかしげに声を掛けた。 「どないしたん、マリアさん?」 「……あ、いえ、さっき紫子さんの気配がしたもので」 「ゆっきゅんの?……ああ、ナギのこと心配して身に来たんかも知れへんな」 8年前に亡くなったナギの母親、三千院紫子。マリアにとっても咲夜にとっても思い出の深い女性であった。お盆を放り出して 遊びに来てるせいで怒ってるのかしら? マリアはそう一瞬だけ考えたが、すぐ自分でその思いを打ち消した。 「紫子さん、きっと見てくれてますよね。お盆とか関係なしに……ナギがああやってお日様の下で遊んでるのを見たら、 きっと喜んでくれるでしょう、あなただったら」
Fin.
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