タイトル | : とある白皇の仕事録 |
記事No | : 140 |
投稿日 | : 2009/03/25(Wed) 23:08 |
投稿者 | : めーき |
「はぁー。暇だな、泉」 「暇だねー、ミキちゃん」 「いいじゃないか。暇で。それだけ世界が平和だということだぞ」 「そうはいうが、理沙。このままじゃ退屈すぎて死んでしまうぞ」 「そうだよ、リサちん。このまま死んでしまってもいいの?」 「まだまだだなぁ、二人とも。暇で暇で仕方ないときはな、次はどうやって誰を弄るかを想像するんだ。ほーら、時間の有効活用になるじゃないか」 「でも、想像だけじゃつまらないよぉ」 「フム、それもそうだな」 「じゃあ、誰か弄りに行く?」 「そうだな。じゃ、その方向で」 「うん、じゃあ行こうか。ミキちゃん、リサちん」 「よし。ではまず手始めに…」
「仕事をしなさいッ!!」
とある白皇の仕事録
「全くさっきから聞いてれば、あなた達は暇だ暇だとくつろいで…」 とある日の白皇学院、時計塔最上階。生徒会役員のみという限られた人間しか登ることを許されない領域。 そこで生徒会長、桂ヒナギクは目の前の三人に説教を説いていた。 目の前の三人である瀬川泉、花菱美希、朝風理沙は不満げな顔をしていた。 「そうはいうが暇なものは暇なんだから仕方ないじゃないか」 「「そうだ、そうだ!」」 美希がヒナギクに反論して、泉と理沙がその意見に賛同する。 「へぇー、それじゃあ、あなた達はあの机の上に溜まった書類を片付ける気はないのかしら?」 にこやかに指さすヒナギク。指の先には三つの机とそれぞれの机の上でドドンと存在感を放つ清らかな白い巨塔。 それを暫く眺めた三人は息を揃えて言った。 「「「ありません!」」」 「言い切らないでよ!」 「そんなこと言われてもな、ヒナ。あんなのを私たちに片付けろと言う方が酷だと思わないか?」 「思いません。まったく、今日こそは仕事してもらおうと引っ張ってきたのに…」 ヒナギクは溜息をついた。塔になるまで積み上げられた書類は積み上げた張本人達にどうにかしてもらおうと捕まえてきたのに、片付けようとしないばかりか、暇だと言ってのんびりされるとは。 そんな様子を見て、泉が言う。 「だって、部活に行こうとしたところを無理矢理捕まえて、『仕事をしなさい』なんてひどいよぉ。ヒナちゃん」 「自業自得でしょう。今まで仕事をしなかったあなた達が悪いんです」 言い切ったヒナギクに不満の声を投げつける美希と理沙。 「人権侵害だ!」 「私たちにだって自由を得る権利はあるんだぞ!」 「義務を果たしてから言いなさい! ともかく今日は仕事をするまでここから出しません」 「「「え〜」」」 「不満は聞きません」 そう言って、ヒナギクは入り口近くまで自分の分の書類を持っていき、いつもは休憩時に使うテーブルも一緒に引っ張ってきた。 「私も付き合ってあげるから。がんばりましょう」 その言葉を最後にヒナギクは書類を片付け始めた。 完全に仕事モードとなったヒナギクを眺めて、三人は顔を合わす。その後、もう一度机の上の書類を見て、更に顔を合わせる。 「…始めるか」 嫌そうに理沙が言って、仕方なく三人も仕事を始めた。
10分後
「む、無理だ。ヒナ…」 「全然減らないよぉ」 「手が、手がぁぁぁぁぁぁぁ」 三人は机の前で三者三様の感想を発した。 机の上の真っ白い書類は若干切り崩され、代わりに片付けられた書類の山が生まれていた。 その声を聞き、ヒナギクは時計を確認する。 「まだ10分ぐらいしか経ってないじゃないの」 「10分!」 理沙がその言葉を聞き、おののいた。 「それだけの労働を強いられていたのか! 我々は!!」 「あのね…」 「このままでは酷使しすぎて右手がもげてしまうじゃないか!」 バンバンと机を叩き、理沙は主張する。 その意見に呆れながら、ヒナギクは言う。 「そんなことを言ってたら、私のこの右手は何番目の右手なのかしら?」 「ヒナはいいんだ。完璧超人と比べられるような体は持ち合わせていない!」 憤然とヒナギクの意見を切り捨てた。 そんな様子を見て、美希が立ち上がる。 「確かに。これだけの量を一日でさばけなんて私たちには無理だぞ、ヒナ」 「でも、片付けようとする意欲ぐらいは見せてくれたって良いじゃない」 「ヒナには見えないのか、私たちの溢れんばかりのやる気が」 「さっきから抗議してくるだけじゃない」 「うう、ヒナちゃんのいじわる」 「はいはい、いじわるでいいから仕事してね。泉」 そう言って、再び書類の方に目を通し始めたヒナギク。 三人が更なる不満をぶちまけようと口を開いた時、ガチャリと扉が開いた。 「失礼します」 「あら、ハル子」 扉から顔を出したのは書記の春風千桜だった。 千桜は纏めた髪を揺らせながら、部屋の中に入っていく。 そして、机に向かって座っている三人を見て、ちょっと驚いた。 「珍しい…」 「「どういう意味だ。それは!」」 千桜の感想にいきり立つ美希と理沙。 そして、二人に対してヒナギクがぴしゃりと言う。 「言葉通りでしょ。今までのイメージが問題なのよ」 一応思い当たることもあるため、二人は静まって再び座る。 「さぁ、じゃあ続けるわよ」 ヒナギクは手を叩き、意識を集中するように言った。 千桜はヒナギクがそう言った後の三人の様子を見た。三人ともそろって明らかに嫌そうな顔である。 「…会長、私はあの三人を手伝いましょうか?」 千桜はあんな様子ではなかなか書類が減らないと感じ、ヒナギクにそう進言した。実際、終わった書類もまだまだ少ない。 三人はそんな千桜の発言に涙した。三人とも突然、聖母が現れたと言わんばかりに顔を明るくする。 しかし、ヒナギクは千桜の言葉さえも却下した。 「ダメ。今日ぐらいしっかり仕事してもらわないと、ずっと仕事しなくなるわ」 冷然と言いきったヒナギク。 三人からの批難はもちろんのごとく激しくなった。 「ヒナちゃん、ホントに酷い!」 「そこまでするか!?」 「鬼、悪魔、ペッタンコ!!」 「仕事してこなかったのはあなた達でしょう」 ヒナギクはキリッと三人の方を見た。その視線に三人の批難が止む。 「いい。いつも仕事をしていない分のツケがその書類の山なの。あなた達、今日ぐらい自分の仕事を見つめ直しなさい」 ヒナギクはそう言いはなって、後は自分の書類に集中し始めた。 さっきの威圧的な視線に気圧された三人。同じく沈黙する千桜。 もうさっきのようには口を開けない雰囲気が漂っていた。 「うう」 そんな中、泉が嫌そうに机に向かい、やりかけの書類に手を出す。 そんな泉の様子を見て、千桜も我に返ったように仕事を始める。 理沙は溜息をつき、美希の方を向いた。 「どうやら真剣にやらないといけないみたいだぞ」 「…しかたないか」 そう言って、二人も仕事を再開し始めた。 そこからはただペンが走ったり、新しく書類の捲られる音だけが生徒会室を支配した。
「終わったー!」 泉が一気に解放されたような笑顔をうかべた。 目の前にあったはずの純白の書類達はペンで書き込みが加えられ、横に仕分けされている。 そう、彼女らは積み上げられた書類を片付けたのだ。 もちろん美希と理沙の顔も晴れ晴れと輝いている。 「ようやく終わったな」 「フッ、私たちが本気を出せばこんなもんだ」 お互いにそう言い合って、手のひらを合わせあった。 「あ〜、泉も入れてよ〜」 泉もそう言って二人と手のひらを合わせ始めた。 晴れやかな雰囲気を感じる中にヒナギクも千桜も入ってくる。 「ほら、やれば出来るじゃないの」 「そうですね、手助けは必要ありませんでした」 二人の言葉に更に笑顔になる三人組。 理沙が手を突き上げ、二人に向かって言う。 「そうだ! 我々はな、本当の力を隠しているだけに過ぎんのだよ!」 「そうだよ、いいんちょさんが本気を出せばこんなもんなのだよ〜」 「『能ある鷹は尻を隠す』というだろう」 美希が得意げに言う。 そこで、すかさず千桜が訂正した。 「尻じゃなくて爪ですよ」 「尻を隠してどうするのよ」 ヒナギクが呆れたように腰に手を当てる。 しかし、三人の機嫌は変わらず上機嫌だった。 三人とも間違いのおかしさと達成感から来る高揚感からあはは、と笑う。 そんな三人の様子を見て、ヒナギクは言った。 「じゃあ、これからはきちんと仕事をするように」 そんなヒナギクに美希が返答する。 「ああ、今度からはこんなに溜まらないようにするよ」 「…じゃあ、溜めることには溜めるのね」 ヒナギクが溜息をついた。 そして、みんな一緒に笑った。 まるで幸せな空気が部屋中に充満しているようだった。
「ん…」 美希はふっと目を覚ました。 体を起こし、気だるげに動くのを感じて、自分が今まで寝ていたことを知る。 ごしごしと目を擦って、周りを見回す。横では理沙も泉も机に突っ伏して夢の世界の中に居た。 テラスの方を見る。日光は赤みを帯びて消えそうに輝いていた。日は沈まんとしている。 そして、ハッと気付く。自分たちは山となった書類を片付けていたはずと頭が叫ぶ。 目の前を見るが、書類の山は消えていた。 「どうしたの〜、ミキちゃん」 目を覚ました泉と理沙がゆっくりと体を起こす。 そして、閉まっていた扉が開いた。
「あら、起きた? 泉、美希、理沙」 「おはようございます。皆さん」
入ってきたのはさっきまで仕事を静かにこなしていたヒナギクと千桜だった。 二人の手には大きなお盆。その上には五人分のティーカップ、大きめのティーポット、そして沢山のクッキー。 「ほら、紅茶持ってきたわよ」 そう言って、テーブルにお盆を置き、用意を進めるヒナギク。注がれた紅茶から疲れを癒すようにいい匂いが漂ってきた。 その様子を見て、美希は混乱する。 「あれ、ヒナが機嫌良い…」 「なによ?」 ヒナギクが紅茶の用意を止めて、美希を見る。 しばらく目をパチパチとしていた美希は本題を思い出したように声を上げる。 「そうだ! あの書類は!?」 「終わらせたわよ。私とハル子で」 ヒナギクの何気ない一言で半覚醒だった泉と理沙も一気に目覚めた。 「嘘だッ!」 「ちーちゃんはともかく、あんなに冷たかったヒナちゃんまで手伝ってくれたなんて!」 次々と大声を上げる二人にヒナギクは苦笑した。 「悪かったわよ。でもね、きちんと仕事をしてほしいって思ってる事だけは伝えたかったの」 「ヒナ…」 「それにね、最後の方はきちんと集中して仕事を終わらせてたじゃない? それで、途中で寝ちゃうぐらいに三人ともがんばったんだって分かったから」 「ヒナギクが言ったんだ。『私とハル子で余った書類を片付けよう』って」 千桜がメガネを押し上げて言った。 「おかげでこんな時間までかかってしまった」 「だから、付き合わせてゴメンって言ってるじゃない」 溜息をつく千桜にヒナギクが言う。 そして、美希達の方を向いて笑った。 「さ、だから今度からはちゃんと仕事しなさいよ。ちょっとだったら手伝ってもいいから」 そのヒナギクの言葉で美希達はヒナギクに抱きついた。
「ヒナー!!」 「うわ! ちょっと離れてよ、美希」 「ちーちゃんもありがと〜!」 「こっちにも抱きついてくるな!」
そんな仕事の一日でした。
fin
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