タイトル | : ガンプラ教師誕生! |
記事No | : 112 |
投稿日 | : 2008/10/19(Sun) 19:00 |
投稿者 | : 六角坊 |
(10/26前文をちょっと修正) 「ゆきヤミ」の六角坊です。この掲示板には初投稿となります。 内容はタイトル通り、薫先生の話です。よろしくお願いします。
SS「ガンプラ教師誕生!」
「白皇学院?マジで?あんたにゃ無理でしょ」 居酒屋のカウンター席で、雪路は信じられないという顔をした。 俺が白皇学院の教員採用試験を受ける、と言った後の反応である。 私立白皇学院は良家の子女が通う伝統ある名門校。 名門であるから、教師にも高いレベルが求められるというウワサである。 だが俺の希望する条件に合う学校は、この白皇学院しかなかった。 「うるせーな。近くの学校で体育教師の採用、白皇しかなかったんだよ」 「ふーん。なんで近所にこだわんの?」 「それは――ら、楽だからだよ」 近い方が楽、それも理由の一つである。 だが最も大きな理由は、目の前にいるこの女と大きな関わりがある。 むろん、本人にそんな事が言えるはずもない。 「ま、せいぜいがんばりなさいよ。もし受かったら何かお祝いをあげるわ」 雪路は焦る俺に訝しげな視線を向けたが、俺に励ましの言葉をくれた。 「まあ無理だろーけどねー。うけけけけ」 チューハイを飲みながら、雪路は奇妙な笑い声を立てた。 明らかに、受かるとは思っていない様子だった。
数日後。俺は慣れない背広を着て、白皇学院の前までやって来た。 (うわー・・・やっぱすげーな、白皇学院って) 校門の前で、俺は驚嘆せざるを得なかった。 視界に広がる荘厳かつ巨大な建築物の数々。 別世界に迷い込んだのではないかと、と錯覚してしまいそうだ。 その中でも、天高くそびえる時計塔はひときわ目立つ。 あれが出来たのは確か、雪路が借金返済に明け暮れていた頃だった。 「こちらへどうぞ」 「はい」 筆記試験は、思っていたよりも簡単だった。拍子抜けである。 問題は面接のほうだ。面接試験は、この学院の理事長と一対一。 (やばい・・・すげー緊張してきた) 用意された椅子に座り、俺は身を固くして待つ。 俺の不安はガスを入れ始めた気球のようにどんどんふくらんでいった。
白皇学院理事長の葛葉キリカは、これでもかというほど着飾った派手な女だった。 学校案内にグラビアが載っているのを見た時、俺は度肝を抜かれたものである。 したがって、普通ではない事をすでに知っていたが、実際に会うと改めて驚きを隠せない。 「薫京ノ介です。よろしくお願いします」 「ん。座れ」 「失礼します」 偉そうな態度(実際偉いのだが)だな、と思いつつも、俺はおそるおそるパイプ椅子に座る。 緊張している俺とは対照的に、理事長は面接試験の場にも関わらずとてもリラックスしていた。 イチゴの乗ったショートケーキを食べながら、紅茶をすすっている。 (って、オイ!なんで今ケーキ食べてるんだよ!) 思わず立ち上がって叫びそうになった。 面接試験中にいったい何をやっているのだ、この女は。 「しばらく待っておれ」 ケーキを咀嚼しながら、理事長は上から目線で俺に言う。 理事長が食べ終わるまで、俺はじっと待つ。 なんという非常識。なんという傍若無人。 初対面だが、この女が俺の苦手とする要素で構成された人物である事は、手にとるようによく分かった。 しかし、小心者の俺に逃げるという選択肢は無かった。就職浪人はまずいのだ。
ケーキを食べ終え、理事長はこちらに向き直った。 口元のクリームを傍らの執事が拭き取る。 執事はカップや皿をトレーに乗せて、理事長室を出て行った。 「ふう。待たせたな。私は甘いモノが切れるとダメな体質なのだ」 (どういう体質だよ) 「えーと、薫京ノ介、か――」 理事長は自分の机に置かれていた俺の履歴書を手に取り、じっと眺めた。 「はっ・・・つまらない経歴だな」 理事長は冷たく言い放った。俺は太い槍を突き刺されたような気分になる。 かなりの精神的ダメージ。 まあ実際、すごい実績があるわけではないが――そこまで言うか。 「もっと愉快な過去はないのか。昔は湘南で暴れていたとか」 この女は、高校の教師に何を求めているのだろう。まったく理解できない。 「ふん、まあよい。趣味・特技は・・・プラモデル?体育教師志望なのにか?」 (しまった・・・) 俺は大学で体育教師の免許を取った。 運動神経抜群だったわけではないが、昔から丈夫なのが取り柄で、勉強より運動が好きだったのである。 しかしそれ以上に俺は、プラモデルが大好きだった。 だが何かスポーツを書いておけばよかった、と後悔する。今さら遅いけれど。 「プラモデル・・・やはりガンプラか?」 「え?は、はい」 なんと、理事長がプラモデルに食いついた。 「私は赤い彗星のザ○が好きだが・・・好きな機体は何だ?」 それからしばらく、ガ○ダムの話が続いた。
しかしガ○ダムの話が終わった後は、延々と理事長の一方的な罵倒だった。 履歴書に貼った俺の写真がダメ、実物はもっとダメ、着ている背広が安っぽい、等々。 大きなお世話だ。緊張以外の理由で、体が小刻みに震えた。 正直、こんな理事長のいる学校で働くのはイヤだと思う。 だが、選択の余地はないのが辛いところだ。 「ところで――話は変わるのだが」 散々俺をバカにし続けた後、理事長は急に真剣な顔となった。 「我が白皇学院は――」 理事長は、白皇学院が積み重ねてきた歴史を語り始める。 古くから良家の子女を預かり、多くの優れた人材を輩出した、素晴らしい学校であるという事を重ねて強弁した。 理事長である自分が、才色兼備の偉大な人物である事を伝えるのも忘れなかった。 「――そういうわけで、我が白皇学院では、教師と生徒が恋仲になるの禁じておる。問答無用で教師は即クビ、生徒は即退学だ。森○童子の曲を流す余裕など与えぬ」 「はあ・・・」 最後の言葉は良く分からなかったが、とにかく不純異性交遊は厳禁のようだ。 そんな事は、わざわざいうまでもない気がする。しかし、その考えは甘かった。 「さあ、今ここで証明するがいい」 「は?」 「一回で理解しろ、バカ者。生徒に手を出さないという証明を今ここで見せるのだ」 理事長はとんでもない事を言い出した。 (なんじゃそりゃ!) 「嘘をついても、私にはわかるぞ」 理事長がうそぶく。無理難題に、俺は悩んだ。 「どうした、早くしろ。ダメならこの場で即、不採用決定だぞ」 俺は絶対、生徒に手を出す事はない。それは神にだって誓える。 しかし、それを今この場で証明する事など出来るはずが無い。 (こんな時・・・あいつならどうする) 俺は雪路の顔を思い浮かべる。 雪路はかつて、常識的に考えれば絶対乗り越えられないような困難に立ち向かい――見事乗り越えた。 とてもワガママで、自分勝手で、メチャクチャな奴だが、そんな性格だからこそ、困難を乗り越える事が出来たともいえる。 その時、俺の頭にある考えが閃いた。 それはとてつもなく危険で、リスクの高い無茶な作戦だったが――。
俺は背広の胸ポケットからあるものを取り出す。 それは合格祈願のお守り代わり。俺は理事長の前に進み出て、それを見せる。 写真を手にした理事長が問う。 「何だ、この写真は?この美少女はどこの誰だ?」 理事長に手渡したのは、肌身離さず持っている、学生時代の思い出の写真。 小学校の頃から腐れ縁の知り合いである、雪路と撮った写真。 「彼女の名前は、雪路と言います。それは昔の写真なんですが」 「ほう。確かに横の学生はお前だな。昔から貧相な顔だ」 暴言を交えつつも、理事長の視線は写真に釘付けだった。雪路に興味津々な様子である。 「俺は、彼女の事が――」 言葉に詰まる。 そこから先をノドの奥からしぼり出すのに、大変苦労した。
「――好きです」 遠くの学校だと、雪路と会う機会が大幅に減ってしまう。 それが嫌だから俺は通える範囲の近い学校で、教員採用を探し続けた。 「だから、生徒に手を出すことはありません」 俺の言葉を聞いた理事長の瞳が、俺の目をじっと見つめた。 真偽を見極めようとしているのか。むろん、今の言葉に嘘偽りはない。 鏡がないので確かめようもないが、俺の瞳にはきっと、曇り一つないだろう。 「…面白い」 一言、そう呟くと理事長は高らかに笑い――なんとその場で、俺に合格を告げた。
こうして俺は、白皇学院の体育教師となる事が決定した。 数日後、居酒屋のカウンター席でまた雪路と会った。 そこで教員採用試験に受かった事を告げると、雪路は目をぱちくりさせて、俺の頬をつねった。 「いだだだ!何すんだよ!」 生ビール片手に、雪路は驚きの表情を浮かべる。 「夢じゃない…もう酔ってんの?」 「まだほとんど飲んでねーだろ。マジで受かったんだよ、白皇学院」 「ええええ!?そんなバカな!不正採用?贈収賄?口利き?」 「してねえよ!」 雪路は俺の合格がなかなか信じられないようだった。無理もない。 家族でさえ、なかなか信じなかった。俺自身も、正直言って信じられない。 あんな理事長だから、後で「冗談だ」と言ってくる可能性はある。 「そうなんだ…受かったんだ…」 雪路が生ビールを飲みながら言う。 「だから何回も言ってるだろ!」
「おめでとう」 雪路は太陽の微笑みを見せる。俺は、完全に不意を突かれた。 (うおっ…こ、これは…) その昔、俺の心を奪った笑顔は長い年月を経てなお、健在だった。 心臓の鼓動が速くなる。体が熱い。 そのすさまじい破壊力に、俺は体のバランスを崩した。 危うく、椅子から転げ落ちる所だった。 雪路は今、お金がないからお祝いはまた今度、と言ったが、正直言ってこれだけでも充分である。 「ちょっと…いきなりどうしたのよ、まだ全然飲んでないのに。顔も赤いし」 「い、いや、何でもない。大丈夫だ」 俺はウソをついた。全然、大丈夫ではない。雪路の顔がまともに見られない。 「じゃ、見事合格した事だし、めでたいから今日はあんたのおごりね!」 嬉々とした表情で、雪路は酒や料理の注文を追加する。
今度は、本当に椅子から転げ落ちた。
|