タイトル | : アメダマ |
記事No | : 109 |
投稿日 | : 2008/10/05(Sun) 14:12 |
投稿者 | : めーき |
十月末。 世の中はハロウィンだなんだと浮かれているが、俺には関係ない。 なぜなら俺は、 「おい仕事だ。行くぞ、柏木」 ヤクザだからな。
アメダマ
今日はいつも通り借金の取り立ての仕事だ。 今日は兄貴と俺の二人で仕事をする。 いつもは三人だが一応先輩にあたるアイツは休みだ。確か風邪で寝込んでいるとか言っていた気がする。 ある街の小汚い通り。やはり小汚いアパートの二階に今日の客は住んでいた。 そいつはぶるぶる震えてこっちを見てくる。 別にそんな恐怖に満ちた目で見られるのは慣れている。 しかし、俺はうっとうしくなってきたので、そいつから目をそらす。 「とっとと払う物払って貰おうか、ゴルァ!」 兄貴が一人で取り立てをしている。 今日の俺の仕事はコイツが逃げないように逃げ道を塞いでおくことだが、この様子では逃げそうにもないな。 俺は兄貴の取り立てを眺める。 兄貴が何か喋るたびに客は身を固める。 こういうヤツ相手だとめんどくさい仕事だと思う。 それから数分、進まないやりとりを見ていたが、とうとう客の方が折れた。 ポケットから札を取り出す。 それを兄貴はひったくり、丁寧に一枚ずつ数を数えていく。 「よし、終わりだ。帰るぞ」 懐にきちんと金を入れながら兄貴は言う。 「へい」 仕事が終わったならこんな所に用はない。 俺は兄貴の後ろを歩く。 客には目もくれなかった。
金を受け取った後、俺達は通りを歩いていた。 すると懐かしい顔に会った。 「あれ、皆さん。お久しぶりです」 「お、綾崎。しばらく見なかったじゃねえか」 綾崎ハヤテ。俺達は以前、借金の形としてコイツを狙っていたこともある。 あの時は仕事だったから仕方なかったが俺はコイツが嫌いじゃない。 「そういえば一人足りませんね。どうしたんですか?」 「ああ、あいつなら風邪だ」 綾崎の疑問に兄貴が答える。 そう言われた綾崎はそうですかと呟く。 「ヤクザでも風邪をひくんですね」 「当たり前だ。バカ」 綾崎の感想に兄貴が突っ込む。 俺らだって人間だ。むしろ人間離れした運動神経なのはお前だ。 そんなヤツを見ていると、手にバスケットを提げていることに気付いた。 そして、その中には大量の飴玉。 「なんだそりゃ?」 俺は綾崎に言った。 綾崎は俺の視線の先にある物を見る。 「ああ、これですか。これは飴玉ですよ」 「それはわかってる」 「いや、お嬢様が珍しくハロウィンパーティーを開くそうなので、お菓子の買い出しに行ってきたんですよ」 綾崎が言い、俺は綾崎の代わりに借金を一括返済した娘を思い浮かべる。 そういえば、コイツはあの娘の所で執事してるんだったな。 「まぁ、人の性癖には何も言わねぇよ」 「いやいや、違いますって」 綾崎が否定してくる。 俺は深くは追求しなかった。まぁどうでもいいしな。 「じゃあ、俺達は行くぜ。柏木、行くぞ」 兄貴が綾崎に別れを告げる。俺もその後ろについて行く。 その時、綾崎が俺達を呼び止めた。 「あ、ちょっと待って下さい」 「あぁ、何かあんのか?」 綾崎はバスケットから小さな飴玉を四つほど取り出す。 「これだけあるんですし、どうですか?」 綾崎は俺達に飴玉を差し出す。 俺達はそれを見つめる。 そして兄貴が、 「まぁ、いらねぇが貰っといてやるよ」 飴玉二つを握って、自分のポケットに入れた。 そんな兄貴を見て、俺も二つポケットに入れる。 「じゃあな、金借りるときは俺達の所に来いよ」 兄貴はそう言って、今度こそ歩き出した。
その後、仕事で何件か回って金をまきあげる。 素直に返さないヤツが多く、俺達の刀は良く活躍した。 全く命知らずのヤツだらけだ。 そして、夕方。世界が赤く染まる頃。 俺達はある公園にいた。 「よし、1時間休憩するぞ。待ち合わせる場所はココだ」 兄貴は俺にそう言った。 滅多に食事以外に休憩なんて取らない兄貴がそんなことを言い出すのは珍しい。アイツを心配して、見舞いにでも行くのかもしれない。 俺も後で行くつもりだが、わざわざ仕事の途中で見舞いに行くとは思わなかった 公園を出て行く兄貴を俺はベンチに座って見送った。 俺は息を吐く。 やりがいはあるが疲れる仕事だ。改めてそう思った。 そうしてボーッとしていると腹が減ってきた。 コンビニでメシを買ってこよう。そう思い、俺は立ち上がる。 すると、ブランコに座る一人の娘が目に入った。 歳は中学生ぐらい。髪は黒のロング。今時珍しく和服を着ていた。 娘はどこか途方に暮れているような気がした。 俺はそのままコンビニに向かう。 きっと綾崎みたいなお人好しがどうにかしてくれるさ。
十分後
俺はコンビニのビニール袋に弁当と缶コーヒーを入れ、公園に帰ってきた。 俺はふとブランコを見る。娘はまだ座っていた。 俺はビニール袋をベンチに置き、娘の方を見る。 そして、魔が差したとしか思えないがそのまま娘に近づいていった。 目の前に立つと娘は俺の顔を見た。 「あの。貴方は誰ですか?」 どこかおっとりとした口調だった。 そういえば間近で見れば、穏やかそうな顔をしている。 「俺のことはいい。お前は何してるんだ」 「私は少し休憩しているところです」 「休憩だと?」 「はい」 訳が分からない。 「どういう事だ」 「私、友達の家のパーティーに招かれているんですが、いつまで経っても辿り着けなくてココに戻ってきてしまうんです」 要するに迷ってるわけだ。 意外に簡単な悩みに俺は肩をすくめた。 「そうか」 「このままでは遅れてしまいます…」 娘は困ったように呟いた。 しかし俺ではどうにもしようもないだろうし、どうにかしてやる気もない。 「がんばれよ」 俺はそう言い捨てて、ベンチに戻った。 俺がベンチに戻ると、娘はブランコから立ち上がり、公園から出て行った。 ま、きっとどうにかなるさ。
三十分後
俺は食後のコーヒーを飲んでいた。 黒い液体が俺の喉を潤す。 俺は立ち上がり、ゴミ箱にビニール袋を入れ、ベンチに座った。 そろそろ兄貴が帰ってくる頃だ。用意しとかないとな。 そう思ったとき、あの娘が再び公園に入ってきた。 娘はさっきよりおろおろした顔をし、このベンチに座った。 明らかにさっきより心細そうな顔。 そんな顔を見て、俺は何かをしたくなった。 今まで迷子なんかよりずっと辛そうな顔をしたヤツには掃いて捨てるほど会ってきたが、こんな気持ちになったのは初めてだった。 しかし、何が出来る?何か無いのか? その時ポケットに入っている物に気が付いた。 …何もしないよりマシだろう。 俺はそう思い、ポケットの物を一つ取り出し、娘に差し出した。 「これは?」 娘が訊いてくる。 「飴玉だ。お前にやる」 綾崎から貰った飴玉がこんなところで役に立つとはな。 娘は黒い目でまっすぐ俺を見てくる。 その目は俺の全てを見ているようでドキッとした。 俺は何となくきまりが悪くなって顔を逸らす。 その後も娘はしばし俺と飴玉を交互に見つめていたが、 「ありがとうございます」 自分からも手を出して、飴玉を受け取った。 小さな包みを取り払い、娘は飴玉を口に入れる。 すると表情が驚きに変わった。 「おいしいです…」 「そうか」 娘の表情は先ほどと違って、少し明るくなった。 それにしても驚くほど美味しいとは、今回は綾崎に感謝すべきかもしれない。そして俺達は数分間無言でベンチに座っていた。 ふと娘が言う。 「でも、どうしてこの飴を私に?」 そして、再び目をこっちに向けてくる。 励ましたかったなんて絶対言えない。 だから俺は代わりに 「ハロウィンだからな」 と答えた。 そんな俺の答えを聞くと、娘はクスリと笑う。 「そうですか」 少し嬉しそうになった娘はそのまま再び無言になった。 そしてふいに、人の足音が聞こえた。 俺と娘は一緒に公園の入り口に顔を向ける。 すると、そこには綾崎が立っていた。 「ハヤテ様」 娘が立ち上がり、綾崎の元へ歩いていく。 そんな娘を見て、綾崎は安心した顔になる。 「伊澄さん、ここにいたんですか。みんな待ってますよ」 どうやら娘が行きたがった家というのは綾崎の主人の屋敷らしい。 そういえば今朝、綾崎もパーティーをすると言っていたな。 「あれ、あなたは…」 綾崎がこっちを見て、俺に気付いた。 俺は言う。 「綾崎、飴玉ありがとよ」 俺の言葉に綾アはしばし目を瞬いていたが、すぐに笑顔になり、 「どういたしまして」 と返した。 「では、伊澄さん。行きましょうか」 綾崎が娘に向かって言う。 娘も頷き、二人は公園から出て行く。 その時、娘がこちらに振り返った。 そして微笑む。 「美味しい飴玉、ありがとうございました」 娘は手を小さく振り、綾崎について行った。 俺は公園の中に一人だけ立っていた。
娘が行った後、兄貴が来る前に飴玉を舐めてみた。 なるほど、表情も変わるはずだ。 驚くほど甘ったるくて、美味かった。
Fin
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